おとこの単身赴任

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zoom RSS 13回忌(11/14)

<<   作成日時 : 2017/11/17 01:46   >>

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父が亡くなったのは、私たちが長野の松本に住んでいた頃。

次男はまだ産まれていなくて、5人家族の時だった。

亡くなる2ヶ月ぐらい前に体調がすぐれない中、わざわざ長男の幼稚園の運動会を見に来てくれた。

その後岡山に戻り程なく入院し還らぬ人となったので、私以外の家族はその時会ったのが最後になってしまった。

かく言う私も、その後見舞いに行って一度は会っていたが、すでに病気により父の目は見えなくなっていたので、父からすると私の姿を見たのは松本でが最後だったのかもしれない。

亡くなる前日に危篤の報を聞き、夜中に車を走らせ駆けつけた時は、まだ息はしていたものの意識はほぼない状態で声をかけても応じることはなく、言葉を交わすことはできなかった。

あれから、まもなく丸12年が経とうとしている。

今日の法事でお上人がこんなことを仰っていた。

亡くなってから10年以上も経つと、毎日のようにお父さんを思い出すことはなくなっているだろう。

でも、今日ぐらいは集まった人みんながお父さんのことを思い出し、それぞれが記憶していることを話してほしい。

知らないことが出てくるかもしれないし、同じ場面に居合わせてても違う感じ方をしていることもあるかもしれない。

そうやって集まった人同士でお父さんの思い出を語り合うことが一番の供養になるのだと。

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お寺での法事を終えタクシーで帰る途中、母が義理の妹である私からすると叔母からこんな話を引き出した。

父がまだ大学生の頃、少女雑誌ばかりを読んでいた叔母に対して、「蛍雪時代」のような真面目な雑誌を読むよう強く勧めていたという。

今まで知らなかった話だった。

週刊誌を毎週何冊も読み、私が中高生ぐらいまで一緒に本屋へ行くとどんな雑誌でも何も言わず買ってくれていた父。

そんな一面があったことは、新たな発見だった。

その後、ボリュームがあり過ぎる恒例の弁当を食べ、私は一人鹿児島へ。

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帰る途中、私のことはどんな思い出とともに、妻やわが子に記憶されていっているのか少しだけ気になった。

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